2014.09.15 Monday 17:31

歴史と物語

   昭和天皇実録が公開された。メディアは日本近代史の貴重な史料として内容を紹介しているが、私は物足りない印象を持つ。

日本にとっての最大の「もし」は、ポツダム宣言受諾のタイミングである。もし、日本が19457月末にこの宣言を受諾していれば、原爆投下もソ連参戦もなかった。なぜ当時の指導者は国体護持にこだわって、大勢の日本人を犠牲にしたのか。昭和天皇はその点をどう考えていたのか。こうした疑問に対して、新聞報道の限りでは「実録」は何も答えていないようである。

 歴史はしばしば物語に転化する。とりわけ、真相を暴かれることを不都合と感じる権力者はそのような物語を作りたがる。なぜを問い詰めることによって事実を明らかにしなければ、我々は歴史から学ぶことはできない。

 同じ時期、福島第一原発事故に関する政府事故調査委員会が行った関係者への聞き取りの記録が公開された。戦後日本の政策決定者は、原発という国体に呪縛されていた。今また、現場の担当者が英雄的に頑張ったという美談から、新しい物語を作ろうとする勢力もいるようである。前線の優秀な指揮官の存在は、巨大な負け戦を進めた国家の指導者の罪を消すものではない。学者もメディアも、事実を問い詰める作業を続けなければならない。


東京新聞9月14日


2014.09.08 Monday 17:30

木を見て森を見ず

 

 このところ、朝日新聞の「誤報」が右派メディアの格好の餌食となっている。もちろん、誤報があれば報道機関として訂正、究明すべきである。ただ、日本社会の正気を保つためには、朝日攻撃が燃え盛るのを座視するわけにはいかない。

 いわゆる従軍慰安婦問題について、官憲による誘拐は虚言だった。しかし、人身の自由を失った状態で多くの女性が日本軍人のために売春をさせられていたことは事実である。虚言をそのまま報じた朝日の報道を批判しても、慰安婦の存在を消すことはできない。今日国際社会で批判を集めているのは、誘拐・略取による慰安婦調達ではなく、慰安婦の存在自体である。

 福島第一原発事故の際の現地社員の行動について、他紙が吉田昌郎元所長の証言の全貌をつかみ、現地従業員が所長の命令に反して逃げたというのは事実ではないことがほぼ明らかとなった。朝日の誤報に関心を奪われると、「東日本壊滅」の寸前まで行った原発事故の本質を見失う。

 いずれの事例でも、朝日を批判する論者とメディアは、意図的に国民に木だけを見せ、森を見ないように誘導しているのである。日本を貶めているのは、事実を隠蔽し責任を逃れた軍の指導者であり、危険な原発を作ってきた官僚、電力会社である。真の責任者を見失ってはならない。

東京新聞9月7日


2014.09.01 Monday 17:35

子供への寛容

  先日、保育園が迷惑施設と受け止められているとか、公園で遊ぶ子供たちに静かに遊ぶよう指導が行われているという記事を読み、暗澹たる気分になった。少し前、銀座の泰明小学校の横を通ったとき、都心なのに子供の黄色い声が聞こえて私は妙に嬉しい気分になったことがある。こんな受け止め方は少数派なのだろうか。

 保育園を迷惑がる大人は、静かな子供なんて不自然だと思わないのだろうか。自分も子供の頃は遊び場や学校で騒いでいたことを思い出せば、今の子供たちにもっと優しくなれるはずだが。大人がこれほど自己中心的になれば、少子化や人口減少は止まるはずがない。

 大人が子供に不寛容になっていることは、最初から使える完成した人材を求める社会の風潮の一部である。私は若者を教える仕事をしてきたが、大学に対してはすぐに使い物になる人材を送り出せという圧力が強まってきた。成長途上の若者を使いながら育てるという余裕を会社は失っている。

 機械は最初から完成品でなければ困るが、人間は失敗したり、他人に迷惑を掛けたりしながら一人前になるものである。今の大人もそのようにして育ててもらったはずである。それを忘れて、次の世代に最初から有能で行儀よくあれと要求するのは、天に向かって唾するようなものである。

東京新聞8月31日



2014.08.27 Wednesday 23:41

北大集中講義試験問題

北大集中講義 政治過程論

試験問題

1 民主政治における少数派の役割と意義について論じなさい

2 人民による政治と人民のための政治を両立させるためにどうすればよいか、自由に論じなさい。


2014.08.25 Monday 17:29

政治的であること

 

 このところ、憲法擁護を訴える運動に対して、地方自治体が施設の提供や後援を断るという出来事が相次いでいる。私自身も当事者になった。

先月末、古巣の北海道大学法学部の公開講座「憲法改正を考える」への出講を頼まれ、安倍首相の改憲路線に関する分析をしゃべった。今まで公開講座は札幌市教育委員会の後援を得ていたのだが、今年は政治的主張なので断られた。そのことが先日『北海道新聞』で報道された。取材した記者から、私が講師陣に加わったことが、後援拒否の理由の1つだったと聞いた。

 憲法改正という重要課題について、多面的に考える材料を市民に提供することは、大学の社会的役割である。それが政治的主張だから後援できないと言われれば、子育て、介護、雇用など政策に関わるありとあらゆる議論も政治的であり、その種の議論の企画を一切後援できないということになる。

 話は単純である。現政権による憲法改正に対して批判的な学者による講座を後援して、後から右派的な市議会議員や団体に文句を付けられると面倒だと、担当者が判断しただけであろう。

 役人の事なかれ主義は、ハンナ・アレントが言う凡庸な悪への第一歩である。政治的であることを抑圧する社会で、民主主義が育つはずはない。

東京新聞8月24日


2014.08.23 Saturday 17:15

集中講義資料

集中講義資料その6

2014.08.23 Saturday 17:13

集中講義資料

集中講義資料その5

<<new | 1 / 138pages | old>>
 
RECOMMEND
CALENDAR
NEW ENTRY
ARCHIVES
CATEGORY
COMMENT
PROFILE
MOBILE
LINK
SEARCH
OTHER

(C) 2014 無料ブログ JUGEM Some Rights Reserved.