2018.10.23 Tuesday 18:29

学徒出陣75年


 75年前の今日、雨中の明治神宮外苑で出陣学徒壮行会が催された。学業を中断させられ、戦場に向かって行進した学生の中でどれだけの人が生還できなかったのだろう。
 戦争における死は、兵士にとっても民間人にとってもすべて非業の死である。天皇のため、国のためという理由は、避けられない死を受け入れるために苦悩の中からあえて作り出したものだと、私は想像する。
 10月18日、靖国神社の秋の例大祭に多くの国会議員が参拝し、安倍首相も真榊を奉納した。戦没兵士を国のために忠誠を尽くした英霊と神聖化するのは、宗教法人としての靖国神社の自由である。しかし、政治家がこの教説を賛美することには、断固として異を唱えたい。
 公権力は有為の若者を死地に追いやることもできる。戦後日本の権力者の最大の責務は、戦争による非業の死を繰り返さないことである。そのためには、平和を祈るだけではだめである。戦争は天災ではなく、権力者の政策決定の帰結である。これを繰り返さないためには、誤った政策決定を積み重ねた無能な指導者の責任を明らかにし、そこから教訓を引き出すという冷静な作業が必要である。
 戦死者を英霊と賛美する感傷主義が好きな政治家には、冷静、合理的な政策決定はできない。

東京新聞10月21日

2018.10.23 Tuesday 18:28

野党協力の行方

 気の早い週刊誌は、来年夏の参議院選挙の結果の予想を行っている。政治記者の常識では、自民党の苦戦が予想され、安倍政権の先行きも容易ではないそうだ。しかし、この予測は野党協力、とりわけ1人区での野党候補の一本化を大前提としている。
 各野党の指導者も、協力の必要性を指摘している。私も、各党の幹部に会い、協力の進め方について話し合いをしている。先日は、国民民主党の玉木雄一郎代表と会談した。希望の党の時代のイメージも残っていて、この党の政治家についてよいイメージを持っていない市民も多い。しかし、玉木氏も、立憲主義の擁護、安倍9条改憲への反対という基本姿勢は共有している。彼は、2016年の参院選では地元の香川県で共産党候補を野党統一候補にした実績にも触れ、野党協力への決意を語ってくれた。
 問題は、立憲民主党である。枝野幸男代表も野党協力の必要性は語っている。しかし、野党全体で勝つことより、自分のところの党勢拡大を優先しているような言動もたびたび聞かれる。
 安倍政治を止め、憲法に基づく正直で公平な政治を取り戻すことが来年の参院選の最大の課題である。ことによると、衆参同日選になるかもしれない。野党協力を進めろという声を市民の側からも高めていかなければならない。

東京新聞10月14日

2018.10.23 Tuesday 18:28

片翼内閣

 新内閣と自民党執行部の顔ぶれを見ると、不祥事について謙虚に説明責任を果たすと言ったのは上辺だけのことだとよくわかる人事である。自民党総裁選の一般党員票で石破茂氏に肉薄され、沖縄県知事選挙で与党系の候補が負けたことについても、なぜ安倍政権への反発が広がっているのかを、首相は全く理解していないのだろう。
 最大の問題は、戦前の日本を賛美し、慰安婦や南京虐殺はなかったとか、教育勅語は素晴らしいという主張を繰り返してきた政治家が多数入閣していることである。安倍首相は海外では自由・民主主義や法の支配という価値を欧米、豪州やインドと共有すると言う。日本にとって、これらの価値は第二次世界大戦に敗北することによって取り戻したものである。天皇主権下の権威主義や軍国主義を擁護する政治家は、安倍首相と価値観を共有しないはずなのだ。それとも、首相にとって自由や民主主義は外向けに、上辺だけ唱える念仏のようなものなのか。
 今次の右翼片肺内閣は、日本を世界の孤児にする危険がある。特に、閣僚が歴史修正主義的発言をすれば、首相が推進しようとする対中国、北朝鮮の積極的な外交をぶち壊しにする可能性がある。あらゆる権力を使って自民党をイエスマンで固めたことは、かえって政権の能力を低下させている。

東京新聞10月7日

2018.10.23 Tuesday 18:27

安倍政治の転換の時

 前回の本欄で、自民党総裁選の地方党員票で石破茂氏が安倍晋三総裁に肉薄し、沖縄県知事選挙で野党系候補が勝てば、安倍政治の「終わりの始まり」のスイッチが入ると書いた。実際、この2つのことが起こり、政治の先行きはにわかに混沌としてきた。
 安倍首相のつまずきは、敵対する者を完膚なきまでに叩き潰すためにあらゆる権力を使うという強硬姿勢に起因している。選挙は権力闘争なので、力ずくで勝ちたいという欲望が出てくるのは仕方ない。それにしても、敵と味方の間に存在する中間的な有権者も投票に参加する以上、これらの人々の間に「やりすぎ」とか「品がない」という反発を生むような手法を取れば、強硬策は有害にもなる。
自民党総裁選では、公明正大な政策論争を回避して、陰湿に石破支持者を追い詰めるやり方が地方の党員の45%の反発を招いた。沖縄では、翁長雄志知事時代に辺野古基地建設をめぐって徹底的に問答無用の姿勢を貫いたうえに、今回の選挙では菅義偉官房長官や二階俊博幹事長、小泉進次郎氏を投入し、企業団体をきびしく締め付ける運動を展開した。与党系候補は携帯電話代の4割値引きという地方選挙には場違いな公約を繰り出した。沖縄県民はこうした上から目線の政治手法に厳しく反発したということができる。安倍首相は自民党の国会議員をほとんどイエスマンにすることはできたのかもしれないが、国民や一般党員をすべてイエスマンにすることはできない。それが民主主義である。
この2つのつまずきに対する安倍首相の解答が、10月2日の党人事と内閣改造であった。しかし、人選を見る限り強権的手法を反省しているとは思えない。それどころか、国民に対する挑戦と同類の政治家で政府与党を固めるという点で、権力偏重の上塗りをしている感がある。
まず、森友・加計問題に代表される政治腐敗や行政のゆがみに対する反省が全く実行されていない人事といわざるを得ない。麻生太郎財務相は留任した。さらに、不正献金疑惑の甘利明氏が党の選挙対策委員長に起用された。1997年、当時も一強多弱と言われた橋本龍太郎首相は内閣改造で、ロッキード事件灰色高官の佐藤孝行氏を入閣させ、世論の大きな批判を浴びた。これが橋本政権の終わりの始まりとなった。森友・加計問題に対する国民の疑念はまだ続いている。国民の倫理観を甘く見たら、安倍政権も厳しい批判を浴びることになる。
新内閣の最も深刻な問題点は、近代国家における自由、個人の尊厳、民主主義などの基本原理や歴史認識についてのグローバル・スタンダードを共有しない偏狭な政治家が多数登用されていることである。唯一の女性閣僚で新内閣の目玉であるはずの片山さつき氏は、天賦人権論を否定し、生活保護受給者攻撃の先頭に立ったことがある。平井卓也氏はSNSで福島瑞穂氏を「黙れ、ばばあ」と罵倒したことがある。原田義昭、桜田義孝の両氏は、南京虐殺や従軍慰安婦の存在を否定する言動をし、河野談話や村山談話に反対していた。柴山昌彦文科相はさっそく教育勅語を現代風にアレンジしたいと発言した。初入閣を果たした閣僚には、自己中心的ナショナリズムと復古主義を安倍首相と共有する政治家が多く選ばれている。今後憲法改正論議が始まるのかもしれないが、閣僚の歴史修正主義は国内外の批判を招き、安倍首相の対中国、北朝鮮外交の足を引っ張る危険性がある。
個人の尊厳を否定する政治家が与党にいることは、杉田水脈議員のLGBT差別発言で明らかとなった。この種の非常識な政治家や言論人がほかならぬ安倍首相を取り巻き、しばしばメディアで意気投合していることは、国辱である。安倍首相がそれを恥じていないことは、今回の組閣と党人事で明らかになった。
安倍首相はこれからの3年間の政権運営について、中間的な有権者から幅広い支持を集めるよりも、アベ大好きの保守的支持層の忠誠心に応えるという路線を取ったように思える。党の要職に稲田朋美、下村博文両氏を据え、憲法改正発議に向けて議論を始めるという構えである。しかし、公明党は改憲発議に消極的である。実現可能性が低いにもかかわらず、中核的支持層を喜ばせるためには改憲を最優先課題にせざるを得ない。同類の政治家で政府与党を固めた安倍政権は、世論から乖離し、自暴自棄で改憲の旗を振り続けるかもしれない。そこに閣僚のスキャンダルが重なれば、2007年の第1次安倍政権の轍を踏む可能性もある。
ただし、安倍政権が危機に陥るかどうかは、野党側の構えにかかっている。第1次安倍政権の時には、小沢一郎氏のリーダーシップの下、民主党が存在感を持っていた。そして、2007年の参院選に向けて着々と準備を進めていた。しかし、現在は野党分裂の状況の下、政権交代への備えは全くない。最近になってようやく各野党のリーダーが一人区での協力の必要性を説くようになった。
度々書いたことだが、野党第一党の立憲民主党は政党同士の舞台裏での提携、談合を否定し、野党第一党としての地歩を固めることを最優先しているように見える。しかし、そんな時間的余裕はない。安倍政権は改憲を実現するために、あるいは政権の存続のために来年の参院選に衆議院の解散をぶつけてくるかもしれない。そうした最悪のシナリオまで考えて、野党協力の態勢を準備すべきである。
最後に、最近の政治報道に関してNHKの異常さを指摘して起きた。沖縄県知事選挙の日は台風襲来が重なって、知事選報道が短くなったのは仕方ない。それにしても、BSニュースでは知事選には全く触れず、日馬富士の引退を伝えた。1日夜からは、入閣内定者を速報で紹介し、改造は特別編成で延々と報じていた。独裁国家の国営放送のような異常さである。報道機関の独立も問われている。

週刊東洋経済10月13日号

2018.10.23 Tuesday 18:25

言論の自由


 雑誌『新潮45』が、LGBT差別を正当化する特集を組み、批判を浴びて休刊になった件。差別擁護の駄文を書いた当の評論家が、これは言論弾圧だと息巻いている。臍が茶を沸かすとはこのことだ。
 生意気盛りの若者のころ、自由を主張して大人社会を批判したときに、自由には責任が伴うとか、一定のルールの中で自由は存在するという説教を何度か聞かされたことがあった。そういう説教をするのは保守的な大人であった。例の評論家は真正保守を自称いているが、無責任に偏見をまき散らすことを自由と思い込むのは、保守ではない。
 立場や思想は違っても、人間の尊厳を守らなければならない、嘘偽りを述べて他人を攻撃してはならないというルールは、言論の自由の大前提である。人間の尊厳を否定する極論を、いろんな意見があると許容することは、結局社会を破壊し、自由を崩壊させることにつながる。
 この騒動の源は、杉田水脈衆院議員がLGBTへの差別を公言したことである。自民党総裁選の際のテレビ討論でこの件についての感想を問われた安倍首相は、自民党には多様な意見があると述べ、杉田発言を許容した。親分が言論の自由を理解していないのだから、その取り巻きにいる幇間連中が調子に乗って放言を繰り返すのも必然である。これは日本社会の危機である。

東京新聞9月30日

2018.10.23 Tuesday 18:25

服従は美徳か

 スルガ銀行の不正融資事件には驚かされた。顧客をだまし、書類を偽造してまで巨額の融資を行い、顧客を債務奴隷の地位に落とし込むとは、闇金よりもたちが悪い。この銀行をつい最近まで、金融庁が地方銀行のモデルとしてほめたたえていたことにも、呆れるばかりである。手段を択ばず、金儲けさえできれば何でもよいという方針は、監督官庁公認だったのか。
 詐欺同然の融資については行員からも疑問が上がったのかもしれないが、銀行では過剰なノルマとパワハラが横行し、行員を追い詰めていたと第三者委員会の報告書で明らかにされている。この事件は特殊な銀行で起こった例外事例ではないと思う。おりしも、日大アメフト部の危険タックルに続いて、いくつかのスポーツでパワハラが発覚している。運動部の中には、軍隊的な統制を今に伝えているところもまだ存在している。上からの命令には絶対服従、自分の頭で考えることは厳禁を美徳と考えている指導者もいたのだろう。
 さらに、今年度から正式教科となった道徳のある教科書では、「星野君の二塁打」という物語が採用され、監督の指示に服従し、チームの輪を見出さないことを教え込もうとしている。道徳とは、第二のスルガ銀行で、上司の言うまま犯罪行為に手を染めて金儲けにいそしむ人間をつくる教科なのか。

東京新聞9月23日

2018.10.23 Tuesday 18:24

災害列島の安全保障


 猛烈な台風が関西を襲った直後、北海道では大地震が起きた。日本中どこにいても大規模な自然災害に襲われる可能性があるという自明の事実を改めて教えられる。この危険な列島に住む我々にとっての安全保障とは何か、本気で考えなければならない。
 人命救助や復旧のために奮闘する現場の人々には頭が下がる。現場の献身的頑張りに依存するシステムはすぐに破綻する。政治家の宣伝のために復旧を急げと指図だけするのを見ると、腹が立つ。政治家の仕事は、復旧に必要な人手と予算を十分確保することである。
 これからこの種の災害が頻発することを前提に、予算の使い方を見直すことも政治の課題である。民営化されたJRでは、災害で線路が破壊されると、それを奇貨として復旧をさぼり、赤字路線を廃止に追い込むという事例が何件も起こっている。北海道の農村部で災害が起こると、政府がこれをまねて、復旧のコストがかかるからと地域社会自体を見捨てることだって起こりかねない。
 安倍首相は北朝鮮のミサイルに対しては過剰に反応し、国民を守ると豪語した。しかし、ミサイルよりもはるかに高い確率で、災害によって人命は奪われる。国民の命を守るために金を使うことを優先するなら、米国の軍需産業をもうけさせるために高価な武器を買うなど以ての外である。

東京新聞9月9日

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