2018.07.03 Tuesday 18:33

不条理劇と化した議会政治

 安倍政治における言葉の無意味化については本欄でたびたび指摘してきた。しかし、病理は深刻になる一方である。5月14日の衆議院予算委員会で国民民主党の玉木雄一郎共同代表が次のような重要な質問を行った。安倍晋三首相は「日米は百パーセント一体」と強調するが、米朝首脳会談において北朝鮮がICBM(大陸間弾道弾)の廃棄を約束すれば米国は本土への脅威がなくなったと満足し、手打ちを行う可能性がある。しかし、中近距離のミサイルが残されれば日本にとっての脅威は続く。この点について首相はどう考えるか。玉木氏の質問のさなかに麻生太郎副総理がヤジを飛ばし、議場は騒然となった。その混乱の中で時間切れとなり、玉木氏の質問に安倍首相は答えないままに終わった。

 痛い所を衝く質問に対してヤジを飛ばしてうやむやに済ませるということは、議会政治の破壊である。小学校の学級会でも、議論のルールはもっとまじめに守っているだろう。こんな愚劣な人物を副総理に据える安倍内閣は国会を学級崩壊状態に陥れた元凶である。
 
 現憲法下では、野党議員の質問やメディアにおける政権批判の言論を政府が力ずくで弾圧することはできない。わざわざ力を振るわなくても、相手を馬鹿にし、きかれたことに答えず、言葉の意味を崩壊させて議論を不可能にすれば、批判する側は次第に疲れ、あほらしくなって、批判をやめるかもしれない。それこそが政府・与党の狙いだろう。これは安倍政権が発明した21世紀型の言論弾圧ということもできる。
政治の現状を見ていると、私は、1950年代にブームとなったベケット、イヨネスコなどによる不条理劇のさなかに放り込まれたように感じる。不条理劇に関するウィキペディアの次の説明は、日本政治にそのまま当てはまるではないか。

「登場人物を取り巻く状況は最初から行き詰まっており、閉塞感が漂っている。彼らはそれに対しなんらかの変化を望むが、その合理的解決方法はなく、とりとめもない会話や不毛で無意味な行動の中に登場人物は埋もれていく。(中略)言語によるコミュニケーションそのものの不毛性にも着目し、言葉を切りつめたり、台詞の内容から意味をなくしたりする傾向も見られる。」

 安倍首相の膿を出し切るという発言、セクハラは罪ではないという麻生副総理の発言、「記憶の限りでは」という言葉をかぶせれば、どんな嘘をついても構わないといわんばかりの柳瀬元秘書官の発言。どれも不条理劇の中のセリフである。
 
 国民も不条理に対して怒るよりも、それに慣れていく様子がうかがえる。5月19,20日の週末に行われたいくつかの世論調査では、内閣支持率が若干上昇に転じた。森友学園、加計学園をめぐる疑惑について、人々が政府の説明に納得しているわけではなく、安倍政権が最重要法案と位置付ける働き方改革関連法案についても支持が大きいわけではない。例えば、朝日新聞の最新の調査では、安倍首相や柳瀬唯夫元総理秘書官の説明で加計問題の疑惑が晴れたかという問いに対して、「疑惑は晴れていない」が83%、「疑惑は晴れた」は6%、森友学園や加計学園を巡る疑惑解明に、安倍政権が「適切に対応していない」と答えたのは75%、「適切に対応している」は13%だった。また、働き方改革関連法案は、「今の国会で成立させるべきだ」19%、「その必要はない」60%だった。
 
 これだけの腐敗や不祥事が相次いだら、内閣支持率は30%を割るのが普通である。この政権、官僚の弛緩ぶりは、リクルート疑惑で政界が揺れた竹下登政権末期を思い出させる。しかし、内閣支持率は前月の31%から36%に上昇した。不支持が支持を上回る状態が3か月連続で続いたものの、支持率低下が底を打ったので、政権側には不思議な余裕さえ感じられる。通常国会の会期は残り1か月となったが、働き方改革関連法案やカジノ解禁を進めるIR関連法案を強行採決によって成立させるという観測も流れている。疑惑、不祥事をむしろ記憶できないくらいに続ければ国民もマヒするだろうと、政権は高をくくっているのかもしれない。

 自民党内では首相を脅かす有力な反主流派は存在しない。朝日調査で、今年の秋に自民党総裁の任期が切れる安倍首相に総裁を続投してほしいかという問いに、「続けてほしくない」は53%、「続けてほしい」は33%だったが、自民支持層に限ると「続けてほしい」62%、「続けてほしくない」28%だった。このまま国会を乗り切れば、自民党支持者の応援を得て安倍3選の可能性は高まる。

 権力維持という観点だけから見れば、国会で閣僚や官僚が不条理劇を演じていればよいのだろう。しかし、それは日本政治の正統性を融解させ、内外の課題に対する解決を遠ざける。安倍首相は、秋以降憲法改正発議を進める意欲を捨ててはいないのだろう。これほどまでに道義と論理を破壊した政治指導者が、道義と論理の体系である憲法の瑕疵をあげつらい、その改正を叫ぶというのも不条理劇である。

 日本の議会政治を守るのは、選挙における常識的な民意の表現しかない。安倍政権不支持が底を打ったのも、代わりになる野党が四分五裂状態で頼りにならないという事情が大きく作用している。1つの試金石は、6月10日投票の新潟県知事選挙である。2年前の参議院選挙以来、市民運動と野党の協力で候補を一本化し、いくつかの選挙を勝利してきた場所だけに、政権対野党という対決構図でどちらが勝つか注目される。また、立憲民主党と国民民主党が一体化するのは不可能なことは明白である。しかし、来年の参議院選挙における野党の選挙協力の構想をもって両党は他の野党を巻き込みながら議論を始めるべきである。

週刊東洋経済 6月2日号

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