2020.03.11 Wednesday 21:23

21世紀日本における大衆の反逆


 安倍晋三首相は11月に近代日本史上、最長在任記録を更新した。しかし、桜を見る会をめぐる様々な疑惑が噴出する中で、大きな危機に直面している。安倍後援会が開催した前夜祭なるイベントをめぐる政治資金規正法や公職選挙法をめぐる論点については、法律の専門家の議論があるので、ここでは取り上げない。内閣主催の行事に多数の支持者や応援団の文化人、芸能人などを招待して、事実上の供応を行ったことの政治的責任を論じたい。

 政治家が個人で花見の会を主宰し、支持者に無料で酒食の提供を行えば公選法違反である。しかし、内閣主催で税金を使って供応すれば、違法性は問われないというのが安倍内閣の認識であろう。この政権に常識や行儀作法という言葉は通用しない。集団的自衛権の行使容認の時以来、法で明確に禁止されていなければ何をしてもよいというのが今までのやり方である。さらに言えば、参議院規則に基づいて3分の1以上の委員が予算委員会の開会を請求してもそれを無視していることに現れているように、罰則や強制執行の規定がない場合には明文の規則も無視するというのが今の与党である。

 安倍政治の本質は、成文法、慣習法を含む法に対する徹底的な蔑視にある。ここで思い出すのは、本欄でも紹介したことのある、オルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』という書物である。オルテガは20世紀を大衆が支配する時代と規定し、大衆とは自己の欲望を制御できない甘やかされた子供だと定義した。彼は、ファシズムや過激な労働組合主義など、大衆のエネルギーを燃料とする政治変革が大衆による支配をもたらすと警鐘を鳴らしていた。今の政治状況に当てはめれば、オルテガのそのような見立ては外れている。現代は大衆が直接行動で権力を簒奪する時代ではない。米国のトランプ、英国のジョンソン、そして我が国の安倍、すべて甘やかされた子供が選挙で勝利し、権力の座に上り詰めているのである。

 政党政治で権力闘争が行われている次元では、党派性がぶつかり合う。1つしかない権力の椅子をめぐって複数の党派が闘う。しかし、選挙が決着し、権力の帰属が確定すれば、権力の担い手たる指導者は党派性を卒業し、反対者を含めて国民全体を統合する責任を負う。オルテガの言葉を使えば、「敵と共存する。反対者とともに政治を行う」ことが自由主義的民主主義の神髄である。しかし、権力を握った甘えん坊たちは、権力を仲間に特殊な恩恵を与えるための道具としか思わない。森友・加計疑惑から花見疑惑まで、規模の大小はあれ、そのような権力観の帰結である。

 オルテガは、「大衆は大衆でない者との共存を望まない。大衆でない者に対して、死んでも死にきれないほどの憎しみを抱いている」と書いている。これも、疑惑に対する安倍首相の対処ににじみ出ている。桜を見る会に関する「各界の功労者を招いた有意義な会合」という当初の政府説明は完全に崩壊している。しかし、首相も官房長官も当座を取り繕うために嘘をつき、辻褄が合わなくなるとさらに嘘を重ねるという繰り返しである。その根底にあるのは、疑惑を質す者に対する蔑視と憎悪である。自分の非について謝罪し、受け容れてもらいたいという誠実さはかけらもない。最長の政権は、モラルに関して最低の政権である。その憎悪は官僚にも伝染し、安倍政権を守るためならば、どんな見え透いた嘘でも平気でつくことが横行している。

 木に縁りて魚を求むの類の議論であることは重々承知だが、ともかく言い続けなければならない。刑事責任であれば、訴追する側が犯罪事実を証明する挙証責任を負う。しかし、政治の世界は違う。権力の正統性を維持し、為政者に対する国民の敬意を確保するためには、為政者が自らの行動の適切性について挙証責任を負う。桜を見る会に適格なゲストを招待したことは、名簿を公開すれば証明できる。前夜祭の経理について政治資金規正法違反や公職選挙法違反がないことは、パーティの明細書を公開すれば証明できる。挙証責任を果たさないということは、政治家の場合、自己の行為が不適正だと自白することを意味する。国会が花見疑惑にかかりきりになっているのはけしからんという安倍擁護派の意見もある。しかし、本来の政策議論ができないのは、権力者が挙証責任を果たしていないからである。
 政治の堕落を止めるためには、政治の世界における抑制が必要である。昔であれば、政権の不祥事は自民党内の反主流派を元気づけ、権力闘争を招いた。党内の振り子が触れることで、政治は刷新された。しかし、小選挙区制によって政党を集権化した今、抑制は政党間で働かせるしかない。その意味で、野党が倫理面での批判を加えるだけではなく、別の選択肢として国民に認知されるよう努力しなければならない。疑惑隠しのための年明け早々の解散、総選挙を予想する声もある。ならば、野党が十分な数の候補者と政権構想を準備しなければならない。

そして、最終的には国民自身が政治の堕落を恥じることが必要である。選挙において与党に痛撃を加えることが政治を立て直すための最も効果的な打開策となる。安倍首相は選挙に強いという定評があるが、それは有権者のおよそ半分が棄権することによってもたらされた結果である。全体の半分の有権者の争奪戦の中で、強い組織や支持基盤を持つ自民党、公明党が勝利している。言い古されたことだが、主権者の覚悟や誇りが問われているのである。日本人の多数がオルテガの言う大衆になったとは思わない。世論調査を見れば、疑惑に関する安倍首相の説明に納得できない人が多数であり、内閣支持率も下がり始めた。普通の市民は、政治に正義や品性を求めている。安倍政権が史上最長となったことを契機に、私たちがどのような政治を持ちたいのか、考えなければならない。

週刊東洋経済2019年12月14日

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