2020.03.11 Wednesday 21:25

2020年の政治


 2020年は、自由民主主義の危機とともに始まった。20世紀前半のファシズムと戦争の悲惨な経験を経て、20世紀後半においては自由民主主義が先進国にとっての自明の政治体制となった。民主主義は多数の意思によって権力を構成し、社会を統治する仕組みである。しかし、ヒトラーの台頭に見られるように、多数者が偏見や感情のままに行動し行政府の支配者にすべての権力をゆだねれば、独裁が成立する。それゆえ、第2次世界大戦後は自由主義の原理と民主主義を結合し、行政権力の暴走を防ぎ、人権と自由を擁護する穏健な民主主義が成立した。自由主義の原理とは、具体的には議会による討論を通した権力監視を確立し、行政権は法の支配によって制約されるという形をとる。

 ドナルド・トランプ、ボリス・ジョンソン、安倍晋三という3人の権力者はこの自由主義の原理を無視して支配を行っている。米国では、権力乱用と議会妨害のかどで下院が大統領の弾劾決議を行い、上院での審理が始まった。かつて政権内部で働いた人物が大統領の不当な行為について証言しており、弾劾は濡れ衣とは言い切れない。米国がイランに加えた攻撃は、国際法を無視した暴挙であり、世界を不安定にする。英国では昨年末の総選挙でジョンソン首相率いる保守党が圧勝したが、その源は不正確な議論で国民感情を煽り、EU離脱を決定した国民投票にある。離脱に伴う混乱を収拾することを単一争点に据えてジョンソンは勝利した。しかし、彼自身国民投票で不正確な主張によって国民感情を煽った張本人の一人である。そして、日本では安倍政権が史上最長記録を更新する中で、桜を見る会をめぐる事実隠蔽や虚偽答弁、カジノをめぐる汚職の摘発、河井克行前法相夫妻をめぐる選挙違反疑惑など、法に対する敬意の欠如が蔓延していることが明らかになっている。

 多数者の支持に基づいて権力を獲得した指導者が、法を軽侮してほしいままの支配を行える背景要因も共通している。1つは、20世紀後半に確立したはずの人権や平等の尊重、多様性に対する寛容など自由主義の原理に対する飽きと、強いリーダーへの待望がある。また、グローバル資本主義が猛威を振るい、雇用の劣化や格差の拡大が進む中、強く見える指導者はナショナリズムの象徴を打ち出して、反EU、アメリカ第一主義、韓国への強硬姿勢など、国益優先により経済的な不満を回収するという作戦を取り、短期的には奏功している。

 また、新聞やテレビなどの伝統的なメディアによる事実と作法を守った報道が衰退する中、ソーシャルメディアによる情報伝達が感情動員の手段として多用されることも、自由主義を支える熟議や討論を脅かしている。16世紀、グーテンベルクが印刷術を発明し、ドイツ語訳の聖書が出版されたことは、マルティン・ルターの唱える万人司祭主義を押し広げた。21世紀では、ネットメディアの普及が現代版の印刷革命となり、政治や社会の議論において万人が評論家や記者となれる。そのこと自体は否定すべきではないが、自由な議論の一部は事実や論理の尊重というルールの無視へと逸脱しつつある。このような反則だらけの言論で民衆感情が刺激されれば、一見民主的な議論は自由からの逃走を招く。私のようにリベラルを自称する学者は、自分ではプロテスタントのつもりでも、世間から見ればルターの時代にラテン語で難解な教義を説いたカトリック僧のように見えるのだろう。
 
 要するに、自由民主主義の土台は今や浸食されており、問題への対応を誤ると、理性と啓蒙に基づく人権、自由、寛容という原理が毀損されるかもしれないのである。
 
 そうした危機を回避するためには、選挙で市民が適切な指導者を選ぶことが最も有効な対策となる。今年は11月に米国大統領選挙が行われ、日本でも東京オリンピックの後までには衆議院の解散総選挙が行われるだろうと言われている。しかし、自由民主主義の回復には楽観的になれない。米民主党の候補者選びは2月から本格化するが、主要な候補者は高齢者が多く、路線対立も深刻である。州ごとの選挙人獲得という制度の下では、トランプ再選を阻むのは難しい。

 日本の場合、腐敗、傲慢を極めている安倍政権は確かに窮地にあるが、今年解散総選挙を行えば、野党が勝利を収めることは実際には難しい。通常国会の会期末に解散し、7月の東京都知事選挙と同時に総選挙を行えば、オリンピックを控えてこのまま安倍首相と小池百合子東京都知事に迎え入れる役を任そうという民意が現れるだろう。11月の米大統領選でトランプが再選された後に総選挙を行えば、トランプのカウンターパートが務まるのは安倍首相しかいないという民意が働き、自民党は大敗を喫するということにはならないだろう。

 自由民主主義擁護の旗頭となるべき野党の体たらくも深刻である。昨年末に枝野幸男立憲民主党代表が国民民主党と社会民主党に合流を呼び掛け、協議が続いたが、玉木雄一郎国民民主党代表が難色を示し、通常国会召集までの合流は実現しない。何が合流の障害なのか、報道を見てもさっぱりわからない。野党として権力のチェックを行うだけなら、今までのように国会内の共闘で足りるのかもしれない。しかし、政権交代を起こし、政策転換を図るためには政権の担い手となる大きな野党を作らなければ、国民の期待や信頼は得られない。野党の指導者たちは、安倍政権による国政の壟断を見ても、口惜しいとか情けないとか思わないのだろうか。

 満身創痍の安倍政権が具体的な政策課題に前向きに取り組む力を持っているとは思えない。野党がすぐに政権を獲得できるとは思えないが、選挙が近づく中で権力をめぐる緊張感を回復しなければ、民主政治の劣化は止まらない。大きな目標のために小さな相違を乗り越えるという判断力が野党には必要である。

週刊東洋経済2020年2月1日

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