2019.02.22 Friday 18:59

報道の自由


 昨年末、首相官邸の報道室長が内閣記者会に対して、名指しはしないものの本紙の望月衣塑子記者を標的に、事実に基づかない質問は現に慎むようにという文書を送り付けた。この事実は『選択』という会員制雑誌で明らかにされ、にわかにマスメディアの報じるところとなった。この間、報道各社は何をしていたのかという疑問もあるが、最も悪いのは首相官邸である。
 官房長官の記者会見で政府の政策や見解について事実根拠や法律適合性を問われても、菅官房長官は、「問題ない」、「適切に処理している」と、人を小ばかにした、木で鼻をくくったような返答を繰り返してきた。問題ないも適切も、しょせん菅氏の主観である。記者会見で質問されたら、事実や法的根拠を示して、政府の正当性を記者、さらにその背後にいる国民に納得してもらうのがスポークスマンの仕事である。
 官房長官の主観で事実を覆い隠す記者会見を繰り返しながら、記者は事実に基づいて質問しろとは何事か。公文書改ざん、統計不正、すべて握りつぶし、責任逃れをしてきた政府が、事実という言葉を使うとは、恥知らずの極みである。
 望月記者がこんな言いがかりでひるんでいるはずはないと思う。ことは、報道の自由にかかわる。報道界全体が政府と対決する時である。

東京新聞 2月10日

2019.02.22 Friday 18:58

主観の過剰と安倍政治の危機


 通常国会の論戦が始まったが、冒頭から統計不正問題で政府は批判の矢面に立たされている。ことは近代国家にとって屋台骨に関わる危険信号である。この問題には、十数年の時間幅で日本をむしばんできた病理と、安倍晋三政権の経済政策が成功しているという演出に関わる部分の二面があると思える。

 毎月勤労統計調査のうち本来悉皆調査を行うべき大規模事業所についてサンプリングでお茶を濁すという悪習が、東京では2004年以降続いてきたことが明らかとなった。過去20年ほどの間の経費削減圧力の中、統計行政の現場は悉皆調査に代えてサンプル調査にして経費を浮かせるという悪知恵を働かせたのではないか。

 これは厚労省に特有の病理ではない。JR北海道では赤字経営の中、保線の経費を維持できず、現場の保線担当者は偽の検査数値を上げて、老朽化した線路を放置した。検査や統計という仕事は、それ自体派手な成果を上げる事業ではなく、現場担当者の良心に依存している。また、組織に資源が無くなれば、真っ先に削減の対象となる。しかし、データを捏造してごまかしを続ければ、JR北海道のように大きな脱線事故を起こす。国の経済にとってもこれは他人事ではない。また、東芝の不正経理や自動車メーカーの検査データ改ざんなど同種の事件は民間大企業でも起こっている。偽装という病が経済統計の世界にも及んでいたのかという驚きはある。それは、正確性や信頼性を二の次にする世の中の風潮の反映でもある。

 もう1つの問題は、安倍政権の成果を粉飾するために統計が操作されたのではないかという疑惑である。これについては、衆議院予算委員会で小川淳也議員が的確な追及を行った。統計の動揺に関しては、次のような経過があった。
2015年9月  安倍首相がGDP600兆円を目指すと宣言。
2015年10月 麻生太郎財務相が統計の精度を上げるようにと発言。
2016年6月 政府の「骨太方針」に統計改革が掲げられる。
2018年1月以降 厚生労働省は毎月勤労統計調査の原データに復元を加え、同年6月の対前年比賃金上昇率が3.3%と公表される。しかし、その後データ操作が明るみに出て、2.8%に訂正される。

 首相や財務省から直接的な指示があったかどうかはわからない。それにしても、経済データがアベノミクスの成功を示すように操作されていることをうかがわせる材料はたくさんある。粉飾決算を行った民間企業では、経営陣の責任が問われることのないように、現場の担当者が上の意向を慮って、利益を計上して各年度の決算をごまかすことを繰り返した。同じことが政府で行われたのではないか。

 統計不正問題は、安倍政治における虚偽、腐食体質の新たな現れである。森友・加計疑惑、働き方改革法案の基礎となったデータにおける虚偽、入国管理法改正の際の外国人技能実習生の実態の隠蔽、そして今回の統計不正である。今までの疑惑の際には、官僚が安倍政権に責めが及ぶことを防ぐために、証拠の隠蔽、文書の改ざん、国会答弁における虚偽など犯罪行為を繰り返してきた。安倍政権が長期化し、内閣人事局によって幹部人事を政権中枢が動かす状態が続いたために、中央省庁の官僚も事実の尊重、法の遵守という公務員の基本的な道徳をおろそかにし、権力に迎合する者が増えているとしか思えない。この点は、国会審議、関係者の招致によって徹底的に追及してほしい。

 安倍政治の大きな特徴は、主観が客観を制圧することである。日本銀行のデフレ脱却策は、失敗が明らかになったのちもひたすら不可能な目標を掲げ続けるという点で、太平洋戦争末期の本土決戦の発想と同じである。アベノミクスの成功という権力者の主観的願望が統計不正を招いた疑惑が濃いことはすでに述べたとおりである。主観過剰を歴史に投影すれば、過去の自国の行動を正当化、美化する歴史修正主義がはびこることとなる。安倍首相は正月休みに百田尚樹氏の『日本国紀』を読むとツイッターで書いていた。首相が歴史に学ぶということをどう理解しているかと思うと、情けなくなる。

 外交の世界でも、主観が客観を駆逐した独り相撲が続いている。日ロ間の領土紛争に決着をつけると張り切るものの、1月の日ロ首脳会談では平和条約締結に向けた具体的な前進はなかった。外交軍事大国のロシア相手に、安倍首相の主観が通じないのは当たり前であるが、日本の政治家のみならず、大方のメディアまでが幻想共同体に浸っていたことが明らかとなった。対米通商交渉では、TAG(物品貿易協定)なる新語をひねり出して国内世論を安心させようとしたが、ウィリアム・ハガティ駐日大使は、2月5日の朝日新聞のインタビューで、TAGという言葉を一蹴し、サービスの自由化も求めると明言した。トランプ政権は日本を大事にしてくれるというのも幻想である。

 歴史を振り返れば、日米開戦の失敗を見ればわかるように、主観の過剰は国を亡ぼす。政治家にとって、価値観、理想という主観は不可欠である。理想はこの世に実在しないから理想なのである。政治家の仕事は、虚栄や先入観を排して事実を客観的にとらえ、現実を一歩ずつ理想に近づけるために解決策を講じることである。「こうであって欲しい」と「こうである」の区別がつかなければ、政治は失敗する。だからこそ、戦後の民主化の中で統計が政府活動の重要分野として位置づけられたのである。

 メディアも、我々政治を論じる学者も、王様は裸だと叫ばなければならない最終局面に来ている。

週刊東洋経済 2月23日号

2019.02.22 Friday 18:56

景気回復の虚妄


 基幹統計のずさんさが明らかになり、アベノミクスが効果を上げているかかどうか、疑念が広がっている。統計疑惑のさなかに、政府は29日に月例経済報告を公表し、景気回復が戦後最長となったと見られるとした。
 景気回復の実感がないという話は各紙も伝えていた。回復どころか、むしろ日本の経済力が衰弱していることこそが、大問題である。1月30日の他紙に、経済同友会代表幹事、小林喜光氏のインタビューが載っていた。その中で、安倍政権の6年間、見かけ上の企業業績改善の陰で、日本では何の新産業も生まれておらず、日本を引っ張る技術がないことに強い危機感を表明している。日本は老いているという指摘に、門外漢の私も共鳴した。
 安倍政治の最大の罪は、世の中に根拠のない多幸感をまき散らしていることである。こんなでたらめな政治を容認する人々が国民の半分前後いること自体が国難である。国の衰退を止める特効薬はない。社会や経済の活気は多事争論の気風から生まれる。バブル崩壊以来、日本は誤った道を進んできたのだから、己の失敗を厳しく認識することからしか、債券は始まらない。愛国心やら日本人らしさやらを学校で若い人に教えこむのはやめた方がよい。自画自賛の人間を育成するのは、将来を危うくする。

東京新聞2月3日

2019.02.22 Friday 18:55

主観と客観


 世の中の出来事について、こうなるだろうとかこうなって欲しいが主観で、こうだが客観である。この2つの区別を忘れ、外に対しても内においても、主観が客観を圧伏するのが安倍政治である。
 内では、統計のずさんな調査が問題となっている。医者が血圧などの数値を正確に測定する意欲を失ったら、医療は成り立たない。統計をなおざりにする政治家や官僚は、日本社会や経済の病気を悪化させることに加担している。文書改竄、働き方改革の際のデータ捏造から統計のごまかしは一続きの腐敗である。
 外では、ロシアとの北方領土交渉で、主観に引きずられる政策論議の愚かさが浮き彫りになった。安倍首相の訪ロ直前のロシア外交関係者の発言を見れば、日本に譲歩する可能性は低いことは明らかだった。しかし、政府もマスコミの多くも、安倍首相とプーチン大統領の親密な関係が事態を打開するトップダウンの新方針をもたらすと根拠のない期待をまき散らした。しかし、国内のメディアはコントロールできても、大国ロシアの首脳には安倍首相の主観的願望は通用しない。
 内でも外でも、自分たちにとって不都合なものであっても事実を直視し、冷静に理解することは、何よりジャーナリズムの使命である。権力を恐れず、事実を伝えるという原点に戻ってもらいたい。

東京新聞 1月27日

2019.02.22 Friday 18:54

地域政策と選挙


 フランスの黄色いベスト運動は予想外に継続している。日本のニュースではパリにおける大規模なデモが報じられたが、地方、農村部における人々の不満、怒りが運動を持続させる大きな原因となっている。この運動は、もともとマクロン政権が発表した燃料税引き上げに講義するために始まった。農村部に住む人々は自動車に依存せざるを得ないので、燃料価格の上昇は大きな打撃となる。ただでさえ農村部では郵便局、病院などの公共サービスが縮小されていて人々は不便をかこっていたために、マクロン政権の効率優先、富裕層優遇の政策に対する抗議運動がたちまち全国化した。
 一連の報道を読んで、私はフランスに対する昔のイメージを修正せざるを得なくなった。20年ほど前にしばらくイギリスに留学していた際、ヨーロッパ大陸の国々も旅行した。フランスやドイツの農村風景と小さな町の建物の美しさに魅了された。ガイドブックに載っていない町でも、美しい教会があり、おいしいワインやビールがあった。それゆえ日本のような地方の衰弱は感じなかった。ヨーロッパでは農家に対する補助政策もあり、地方でも教育や医療などの公共サービスが確保されているので、地域社会が持続していると感心したことをよく覚えている。
 しかし、この20年間、グローバルな競争の波はヨーロッパも襲い、大きな政府を保ってきたフランスも公共サービスのリストラを余儀なくされたようである。黄色いベスト運動は、所得格差に対する抗議であるとともに、首都と地方の地域間格差に対する抗議の運動である。
 私も、国土の多様性と食料の安全で安定的な供給のために、ヨーロッパの地域政策を見習えと主張してきた一人だが、もはや手本はどこにもないということか。フランスの苦悩を見て、改めて日本の地域のあり方についても考え直さなければならない。安倍晋三政権が進めている第1次産業の「成長産業化」という路線の中で、種子法や漁業法が改正され、農林水産業の中に企業の論理が侵入しようとしている。これらの政策が目先の利益だけを追求する危険性があることに、一部のメディアはようやく気付いたようである。
 自然を相手にする第1次産業は、利潤追求には本来的になじまない。いま、多様な自然環境の保全と安全な食料の安定供給を政策の大目標に据え、農村部に住む人々のためにどのような公共サービスを提供するか、基本的な枠組みを明確にしなければならない。日本人は街頭に出る直接行動にはなじみがない。だが、今年は統一地方選挙、参議院選挙がある。日本の国土や地域社会のあり方について各政党に真剣な政策の提起を求め、それを吟味し、投票によって評価を下すという機会を活用したい。

日本農業新聞 1月28日

2019.02.22 Friday 18:53

「問題ない」という大問題

 日本政府の要路の人々から、政策について国民に対して筋道立てて説明するという常識が廃れて久しい。その大きな理由の1つに、菅義偉官房長官の記者会見があると思う。
 本紙の望月衣塑子記者が重要な案件についての政府見解を質すべく奮闘しているが、菅長官は「問題ない」と木で鼻を括るような返答をすることが多い。最近の事例では、安倍首相がテレビで辺野古の珊瑚を移植したと発言したことの真偽を問われても、この返答を繰り返した。
 首相が、実現不可能な珊瑚の移植を口実に辺野古への土砂投入を正当化するのは、犯罪的な虚言である。なぜ問題ないのか、その根拠を望月記者とその背後にいる国民は知りたいのだ。官房長官が問題ないという主観を語れば、現存する問題は消滅するとでも言いたいのか。そのうち、安倍首相が2足す2は5だと言い出しても、官房長官は問題ないと言うのだろう。
 最高権力者がこれだから、お偉方はみなそれをまねる。オリンピック招致をめぐる賄賂疑惑について、竹田恒和JOC会長は、自分は関与していないと一方的に主張する「記者会見」を開いた。しかし、主観的な「問題ない」は外国のジャーナリズムには通用しない。
 「問題ない」の蔓延は、日本の信用と国力を損なう。

東京新聞1月20日

2019.02.22 Friday 18:52

事実を直視する


 小学生の時の理科の時間で、ゴムひもの端に重りを付けて、重さとゴムの伸びをグラフに表すという実験をしたとき、重さと伸びが正比例するようデータをごまかしたことがある。ゴムひもの場合、ばねと違って比例しないのだが、比例するはずと思い込んでデータをいじったわけである。それを見つけた先生は、日ごろは面白い人だったが、それこそ血相を変えて怒った。事実を自分の都合に会うようにねじ曲げてはいけないという先生の怒りは、子どもの頃の最大の教えだったと今にして思う。
 今の日本は、客観的事実と自分の主観を区別できないという深刻な病に陥っている。毎月勤労統計調査の不備だけではない。働き方改革法案の基礎となった実態調査もずさんだったし、昨年秋には日銀が内閣府に対してGDP算定の基になっている経済統計の原データを開示するよう求めたが内閣府はこれを拒んだという報道もあった。
 正確な事実を共有することは、政治におけるあらゆる議論の大前提である。一部の統計の不備は調査人員の削減に伴うごまかしかもしれない。しかし、政権の政策実績を肯定的に宣伝するために物差しそのものをゆがめているという場合もあるのではないか。安倍政権は、ダイエットをせず体重計に細工をすることでスリムになったと言い張っているように見える。

東京新聞 1月13日

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