2018.10.23 Tuesday 18:28

片翼内閣

 新内閣と自民党執行部の顔ぶれを見ると、不祥事について謙虚に説明責任を果たすと言ったのは上辺だけのことだとよくわかる人事である。自民党総裁選の一般党員票で石破茂氏に肉薄され、沖縄県知事選挙で与党系の候補が負けたことについても、なぜ安倍政権への反発が広がっているのかを、首相は全く理解していないのだろう。
 最大の問題は、戦前の日本を賛美し、慰安婦や南京虐殺はなかったとか、教育勅語は素晴らしいという主張を繰り返してきた政治家が多数入閣していることである。安倍首相は海外では自由・民主主義や法の支配という価値を欧米、豪州やインドと共有すると言う。日本にとって、これらの価値は第二次世界大戦に敗北することによって取り戻したものである。天皇主権下の権威主義や軍国主義を擁護する政治家は、安倍首相と価値観を共有しないはずなのだ。それとも、首相にとって自由や民主主義は外向けに、上辺だけ唱える念仏のようなものなのか。
 今次の右翼片肺内閣は、日本を世界の孤児にする危険がある。特に、閣僚が歴史修正主義的発言をすれば、首相が推進しようとする対中国、北朝鮮の積極的な外交をぶち壊しにする可能性がある。あらゆる権力を使って自民党をイエスマンで固めたことは、かえって政権の能力を低下させている。

東京新聞10月7日

2018.10.23 Tuesday 18:27

安倍政治の転換の時

 前回の本欄で、自民党総裁選の地方党員票で石破茂氏が安倍晋三総裁に肉薄し、沖縄県知事選挙で野党系候補が勝てば、安倍政治の「終わりの始まり」のスイッチが入ると書いた。実際、この2つのことが起こり、政治の先行きはにわかに混沌としてきた。
 安倍首相のつまずきは、敵対する者を完膚なきまでに叩き潰すためにあらゆる権力を使うという強硬姿勢に起因している。選挙は権力闘争なので、力ずくで勝ちたいという欲望が出てくるのは仕方ない。それにしても、敵と味方の間に存在する中間的な有権者も投票に参加する以上、これらの人々の間に「やりすぎ」とか「品がない」という反発を生むような手法を取れば、強硬策は有害にもなる。
自民党総裁選では、公明正大な政策論争を回避して、陰湿に石破支持者を追い詰めるやり方が地方の党員の45%の反発を招いた。沖縄では、翁長雄志知事時代に辺野古基地建設をめぐって徹底的に問答無用の姿勢を貫いたうえに、今回の選挙では菅義偉官房長官や二階俊博幹事長、小泉進次郎氏を投入し、企業団体をきびしく締め付ける運動を展開した。与党系候補は携帯電話代の4割値引きという地方選挙には場違いな公約を繰り出した。沖縄県民はこうした上から目線の政治手法に厳しく反発したということができる。安倍首相は自民党の国会議員をほとんどイエスマンにすることはできたのかもしれないが、国民や一般党員をすべてイエスマンにすることはできない。それが民主主義である。
この2つのつまずきに対する安倍首相の解答が、10月2日の党人事と内閣改造であった。しかし、人選を見る限り強権的手法を反省しているとは思えない。それどころか、国民に対する挑戦と同類の政治家で政府与党を固めるという点で、権力偏重の上塗りをしている感がある。
まず、森友・加計問題に代表される政治腐敗や行政のゆがみに対する反省が全く実行されていない人事といわざるを得ない。麻生太郎財務相は留任した。さらに、不正献金疑惑の甘利明氏が党の選挙対策委員長に起用された。1997年、当時も一強多弱と言われた橋本龍太郎首相は内閣改造で、ロッキード事件灰色高官の佐藤孝行氏を入閣させ、世論の大きな批判を浴びた。これが橋本政権の終わりの始まりとなった。森友・加計問題に対する国民の疑念はまだ続いている。国民の倫理観を甘く見たら、安倍政権も厳しい批判を浴びることになる。
新内閣の最も深刻な問題点は、近代国家における自由、個人の尊厳、民主主義などの基本原理や歴史認識についてのグローバル・スタンダードを共有しない偏狭な政治家が多数登用されていることである。唯一の女性閣僚で新内閣の目玉であるはずの片山さつき氏は、天賦人権論を否定し、生活保護受給者攻撃の先頭に立ったことがある。平井卓也氏はSNSで福島瑞穂氏を「黙れ、ばばあ」と罵倒したことがある。原田義昭、桜田義孝の両氏は、南京虐殺や従軍慰安婦の存在を否定する言動をし、河野談話や村山談話に反対していた。柴山昌彦文科相はさっそく教育勅語を現代風にアレンジしたいと発言した。初入閣を果たした閣僚には、自己中心的ナショナリズムと復古主義を安倍首相と共有する政治家が多く選ばれている。今後憲法改正論議が始まるのかもしれないが、閣僚の歴史修正主義は国内外の批判を招き、安倍首相の対中国、北朝鮮外交の足を引っ張る危険性がある。
個人の尊厳を否定する政治家が与党にいることは、杉田水脈議員のLGBT差別発言で明らかとなった。この種の非常識な政治家や言論人がほかならぬ安倍首相を取り巻き、しばしばメディアで意気投合していることは、国辱である。安倍首相がそれを恥じていないことは、今回の組閣と党人事で明らかになった。
安倍首相はこれからの3年間の政権運営について、中間的な有権者から幅広い支持を集めるよりも、アベ大好きの保守的支持層の忠誠心に応えるという路線を取ったように思える。党の要職に稲田朋美、下村博文両氏を据え、憲法改正発議に向けて議論を始めるという構えである。しかし、公明党は改憲発議に消極的である。実現可能性が低いにもかかわらず、中核的支持層を喜ばせるためには改憲を最優先課題にせざるを得ない。同類の政治家で政府与党を固めた安倍政権は、世論から乖離し、自暴自棄で改憲の旗を振り続けるかもしれない。そこに閣僚のスキャンダルが重なれば、2007年の第1次安倍政権の轍を踏む可能性もある。
ただし、安倍政権が危機に陥るかどうかは、野党側の構えにかかっている。第1次安倍政権の時には、小沢一郎氏のリーダーシップの下、民主党が存在感を持っていた。そして、2007年の参院選に向けて着々と準備を進めていた。しかし、現在は野党分裂の状況の下、政権交代への備えは全くない。最近になってようやく各野党のリーダーが一人区での協力の必要性を説くようになった。
度々書いたことだが、野党第一党の立憲民主党は政党同士の舞台裏での提携、談合を否定し、野党第一党としての地歩を固めることを最優先しているように見える。しかし、そんな時間的余裕はない。安倍政権は改憲を実現するために、あるいは政権の存続のために来年の参院選に衆議院の解散をぶつけてくるかもしれない。そうした最悪のシナリオまで考えて、野党協力の態勢を準備すべきである。
最後に、最近の政治報道に関してNHKの異常さを指摘して起きた。沖縄県知事選挙の日は台風襲来が重なって、知事選報道が短くなったのは仕方ない。それにしても、BSニュースでは知事選には全く触れず、日馬富士の引退を伝えた。1日夜からは、入閣内定者を速報で紹介し、改造は特別編成で延々と報じていた。独裁国家の国営放送のような異常さである。報道機関の独立も問われている。

週刊東洋経済10月13日号

2018.10.23 Tuesday 18:25

言論の自由


 雑誌『新潮45』が、LGBT差別を正当化する特集を組み、批判を浴びて休刊になった件。差別擁護の駄文を書いた当の評論家が、これは言論弾圧だと息巻いている。臍が茶を沸かすとはこのことだ。
 生意気盛りの若者のころ、自由を主張して大人社会を批判したときに、自由には責任が伴うとか、一定のルールの中で自由は存在するという説教を何度か聞かされたことがあった。そういう説教をするのは保守的な大人であった。例の評論家は真正保守を自称いているが、無責任に偏見をまき散らすことを自由と思い込むのは、保守ではない。
 立場や思想は違っても、人間の尊厳を守らなければならない、嘘偽りを述べて他人を攻撃してはならないというルールは、言論の自由の大前提である。人間の尊厳を否定する極論を、いろんな意見があると許容することは、結局社会を破壊し、自由を崩壊させることにつながる。
 この騒動の源は、杉田水脈衆院議員がLGBTへの差別を公言したことである。自民党総裁選の際のテレビ討論でこの件についての感想を問われた安倍首相は、自民党には多様な意見があると述べ、杉田発言を許容した。親分が言論の自由を理解していないのだから、その取り巻きにいる幇間連中が調子に乗って放言を繰り返すのも必然である。これは日本社会の危機である。

東京新聞9月30日

2018.10.23 Tuesday 18:25

服従は美徳か

 スルガ銀行の不正融資事件には驚かされた。顧客をだまし、書類を偽造してまで巨額の融資を行い、顧客を債務奴隷の地位に落とし込むとは、闇金よりもたちが悪い。この銀行をつい最近まで、金融庁が地方銀行のモデルとしてほめたたえていたことにも、呆れるばかりである。手段を択ばず、金儲けさえできれば何でもよいという方針は、監督官庁公認だったのか。
 詐欺同然の融資については行員からも疑問が上がったのかもしれないが、銀行では過剰なノルマとパワハラが横行し、行員を追い詰めていたと第三者委員会の報告書で明らかにされている。この事件は特殊な銀行で起こった例外事例ではないと思う。おりしも、日大アメフト部の危険タックルに続いて、いくつかのスポーツでパワハラが発覚している。運動部の中には、軍隊的な統制を今に伝えているところもまだ存在している。上からの命令には絶対服従、自分の頭で考えることは厳禁を美徳と考えている指導者もいたのだろう。
 さらに、今年度から正式教科となった道徳のある教科書では、「星野君の二塁打」という物語が採用され、監督の指示に服従し、チームの輪を見出さないことを教え込もうとしている。道徳とは、第二のスルガ銀行で、上司の言うまま犯罪行為に手を染めて金儲けにいそしむ人間をつくる教科なのか。

東京新聞9月23日

2018.10.23 Tuesday 18:24

災害列島の安全保障


 猛烈な台風が関西を襲った直後、北海道では大地震が起きた。日本中どこにいても大規模な自然災害に襲われる可能性があるという自明の事実を改めて教えられる。この危険な列島に住む我々にとっての安全保障とは何か、本気で考えなければならない。
 人命救助や復旧のために奮闘する現場の人々には頭が下がる。現場の献身的頑張りに依存するシステムはすぐに破綻する。政治家の宣伝のために復旧を急げと指図だけするのを見ると、腹が立つ。政治家の仕事は、復旧に必要な人手と予算を十分確保することである。
 これからこの種の災害が頻発することを前提に、予算の使い方を見直すことも政治の課題である。民営化されたJRでは、災害で線路が破壊されると、それを奇貨として復旧をさぼり、赤字路線を廃止に追い込むという事例が何件も起こっている。北海道の農村部で災害が起こると、政府がこれをまねて、復旧のコストがかかるからと地域社会自体を見捨てることだって起こりかねない。
 安倍首相は北朝鮮のミサイルに対しては過剰に反応し、国民を守ると豪語した。しかし、ミサイルよりもはるかに高い確率で、災害によって人命は奪われる。国民の命を守るために金を使うことを優先するなら、米国の軍需産業をもうけさせるために高価な武器を買うなど以ての外である。

東京新聞9月9日

2018.10.23 Tuesday 18:23

異論と権力


 9月に行われる自民党総裁選と沖縄県知事選挙は、安倍晋三首相の政治手法を如実に物語る機会となった。それは、権力者に異論を唱えるものを力ずくでねじ伏せて、唯我独尊の政治を追求することである。
 自民党総裁選において反主流派の存在自体を許さないという安倍陣営のいきりたち方は異様である。沖縄でも、辺野古新基地建設に反対する沖縄県に対して飴と鞭で圧力を加え、中央政府に反対しても無意味だと、県民の心を折ろうとしている。
 自分に対する異論を許さない権力者は、自分よりも強い権力者には異論を唱えず、追従する。日朝の実務者が秘密会談を行ったことに米政府が不快感を示し、トランプ大統領が真珠湾を忘れないと発言しても、日本として反論をした形跡は見られない。これこそ卑怯な権力者の真骨頂である。
 外交であれ、民主政治であれ、異論は不可欠である。8月30日付の琉球新報で、元米外交官のモートン・ハルペリン氏が、沖縄返還について米国に遠慮していた日本政府に、日本から返還を強く要求しなければ米軍統治に批判的だった穏健派の米外交官の問題意識が政策化されないと説得した経験を記していた。自由な異論が飛び交う国内の民主政治があってこそ、政府は外国に対しても国益を主張して本物の交渉ができるのである。

東京新聞9月2日

2018.10.23 Tuesday 18:22

農は愛

 甲子園の高校野球での秋田県立金足農業高校の大躍進には心が躍った。戦いぶりもさることながら、私は同校の校歌に深い感銘を覚えた。「農はこれたぐいなき愛、日輪のたぐいなき愛」(近藤忠義氏作詞)という言葉は、同校の生徒だけでなく、すべての人間に対する深い教えだと感じた。店で買ってきた食料を何も考えることなく消費する毎日だったが、食べ物には作っている人の愛が込められているのだと教えられた。また、太陽を始めとする自然の愛によって人間が生かされていることも改めて気づかされた。
 今年の初めに秋田を訪れて、学校の先生方と話をする機会があった。秋田県は小中学生の全国学力テストの平均点が最高レベルにあることでも有名である。公立学校での勉強で学力を身に着けるという古き美風が残っている。しかし、先生方は優秀な子供ほど高校を出れば東京などの都会に出ていき、地元で活躍する人はいない、何のために子供たちを育てているのかと嘆いていた。明治の昔から、日本は地方の優秀な人材を東京に吸収して「発展」してきた。人口減少が加速する今日、若者を都会に奪われる構造は何とかならないかという悩みが、地方では痛切である。
 政治の世界では、9月の自民党総裁選挙に関心が集まっている。石破茂元幹事長が地方の党員票を頼りに戦いを挑もうとしている。しかし、国会議員の圧倒的多数の支持を得ている安倍晋三総裁は、金持ち喧嘩せずとばかりに、論争を回避したまま投票に持ち込もうとする構えである。野党が四分五裂している今、次の自民党総裁は今後3年間日本の総理大臣を務めることが確実である。ならば、自民党内の指導者選びでも、国民全体に開かれた政策論争を展開してほしい。
 特に重大なテーマは、日本社会の収縮の速度をいかに緩めるかということだろう。グローバルに展開する企業で優秀な人が働くのも結構だし、そこで富を作ることも必要だろう。しかし、東京が若者を吸い寄せ、忙しく働かせ続ければ、出生率は低いままで、社会の収縮は止まらない。非大都市圏の地域で一定数の人が安定した仕事に就くことが、社会の持続には不可欠である。
 これからの地方での仕事といえば、大きな組織のサラリーマンというより、農畜産物を土台とした製造業やサービス業の小規模ビジネスだろう。その意味では、農業高校こそこれからの地域を支える人材を育てるための重要な拠点となるに違いない。それぞれの地域の自然環境と産物に深い愛情を持ち、それをほかの地域や外国の人々に味わい、楽しんでもらうための創意工夫を凝らしていく。金足農業高校の生徒を見てそんな近未来を想像した。地域の雇用、教育、経済を統合した政策が求められる。

日本農業新聞9月3日

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