2018.10.23 Tuesday 18:23

異論と権力


 9月に行われる自民党総裁選と沖縄県知事選挙は、安倍晋三首相の政治手法を如実に物語る機会となった。それは、権力者に異論を唱えるものを力ずくでねじ伏せて、唯我独尊の政治を追求することである。
 自民党総裁選において反主流派の存在自体を許さないという安倍陣営のいきりたち方は異様である。沖縄でも、辺野古新基地建設に反対する沖縄県に対して飴と鞭で圧力を加え、中央政府に反対しても無意味だと、県民の心を折ろうとしている。
 自分に対する異論を許さない権力者は、自分よりも強い権力者には異論を唱えず、追従する。日朝の実務者が秘密会談を行ったことに米政府が不快感を示し、トランプ大統領が真珠湾を忘れないと発言しても、日本として反論をした形跡は見られない。これこそ卑怯な権力者の真骨頂である。
 外交であれ、民主政治であれ、異論は不可欠である。8月30日付の琉球新報で、元米外交官のモートン・ハルペリン氏が、沖縄返還について米国に遠慮していた日本政府に、日本から返還を強く要求しなければ米軍統治に批判的だった穏健派の米外交官の問題意識が政策化されないと説得した経験を記していた。自由な異論が飛び交う国内の民主政治があってこそ、政府は外国に対しても国益を主張して本物の交渉ができるのである。

東京新聞9月2日

2018.10.23 Tuesday 18:22

農は愛

 甲子園の高校野球での秋田県立金足農業高校の大躍進には心が躍った。戦いぶりもさることながら、私は同校の校歌に深い感銘を覚えた。「農はこれたぐいなき愛、日輪のたぐいなき愛」(近藤忠義氏作詞)という言葉は、同校の生徒だけでなく、すべての人間に対する深い教えだと感じた。店で買ってきた食料を何も考えることなく消費する毎日だったが、食べ物には作っている人の愛が込められているのだと教えられた。また、太陽を始めとする自然の愛によって人間が生かされていることも改めて気づかされた。
 今年の初めに秋田を訪れて、学校の先生方と話をする機会があった。秋田県は小中学生の全国学力テストの平均点が最高レベルにあることでも有名である。公立学校での勉強で学力を身に着けるという古き美風が残っている。しかし、先生方は優秀な子供ほど高校を出れば東京などの都会に出ていき、地元で活躍する人はいない、何のために子供たちを育てているのかと嘆いていた。明治の昔から、日本は地方の優秀な人材を東京に吸収して「発展」してきた。人口減少が加速する今日、若者を都会に奪われる構造は何とかならないかという悩みが、地方では痛切である。
 政治の世界では、9月の自民党総裁選挙に関心が集まっている。石破茂元幹事長が地方の党員票を頼りに戦いを挑もうとしている。しかし、国会議員の圧倒的多数の支持を得ている安倍晋三総裁は、金持ち喧嘩せずとばかりに、論争を回避したまま投票に持ち込もうとする構えである。野党が四分五裂している今、次の自民党総裁は今後3年間日本の総理大臣を務めることが確実である。ならば、自民党内の指導者選びでも、国民全体に開かれた政策論争を展開してほしい。
 特に重大なテーマは、日本社会の収縮の速度をいかに緩めるかということだろう。グローバルに展開する企業で優秀な人が働くのも結構だし、そこで富を作ることも必要だろう。しかし、東京が若者を吸い寄せ、忙しく働かせ続ければ、出生率は低いままで、社会の収縮は止まらない。非大都市圏の地域で一定数の人が安定した仕事に就くことが、社会の持続には不可欠である。
 これからの地方での仕事といえば、大きな組織のサラリーマンというより、農畜産物を土台とした製造業やサービス業の小規模ビジネスだろう。その意味では、農業高校こそこれからの地域を支える人材を育てるための重要な拠点となるに違いない。それぞれの地域の自然環境と産物に深い愛情を持ち、それをほかの地域や外国の人々に味わい、楽しんでもらうための創意工夫を凝らしていく。金足農業高校の生徒を見てそんな近未来を想像した。地域の雇用、教育、経済を統合した政策が求められる。

日本農業新聞9月3日

2018.10.23 Tuesday 18:21

国民民主党


 国民民主党の代表選挙が始まった。自民党総裁選挙の陰に隠れて、ほとんど注目されていないが、日本政治における別の選択肢を作るためにはこの党にも奮起してもらわなければならない。
 国民民主党については、支持率が低い、何をやりたいのかわからないという冷笑が常套句になっている。支持率を気にしても仕方ない。ただ、党の性格付けがはっきりしないのでは、政党を作った意味がない。
この党の立ち位置を考える際、同時に行われている自民党総裁選挙を対照材料にすればよいと思う。今の自民党は、安倍総裁の下、右向け右の号令の下、ほとんど一枚岩のように動こうとしている。かつての日本を支えた穏健保守勢力、内におけるそれなりの平等、外に対する平和路線を担った経世会や宏池会は絶滅寸前である。
 代表選に立候補した玉木、津村両氏には、細かい政策よりも、経世会、宏池会の良い部分を継承し、現代に適応させて、豊かで平和な国を再建するという構想を打ち出してほしい。穏健な保守層の中にも、最高指導者としての廉恥心を欠いた総理大臣が長期政権を続け、日本社会を分断することに心を痛める人々が大勢いるはずである。他党と組む、組めないなどと形の話から入るのは、見当外れの極致である。

東京新聞8月26日

2018.10.23 Tuesday 18:20

自民党総裁選

 8月も後半に入り、自民党総裁選が政治の最大の関心事となった。自民党が国会で多数を占めているので、この党の党首は日本の総理大臣となる。ゆえに、政治報道が総裁選に大きな関心を払うのは当然である。しかし、いくつか奇妙な点がある。
 自民党総裁選はあくまで一結社のリーダー選びであり、それに参加できるのは国民のごく一部の自民党員だけである。しかも、これらの有資格者は自民党の政策・理念に共鳴する点で、一般国民のサンプルとは言えない。この選挙で勝っても、国民の負託を得たなどと主張することはできない。
 安倍首相は地元での講演で、次の国会に憲法改正案を提出したいと発言し、石破茂氏はこれに反発している。憲法改正が総裁選の最大の争点となりそうな展開である。しかし、自民党の内輪の権力争いで憲法改正について世論の支持を得たというのはとんでもない錯誤である。
 国会議員票で大きく差を付けられているとみられる石破氏は、総裁選に当たって公開討論を実施することを求めているが、安倍首相はこれに取り合わないと伝えられている。これまた不思議な話である。この機会に国民に訴えたいことがあれば、堂々と討論すればよいではないか。議論不在で逃げ切り勝ちを収め、改憲へのお墨付きを得たというのは、詐欺のようなものである。

東京新聞8月19日

2018.10.23 Tuesday 18:19

学生の貧困


 前期の政治学の期末試験に、「あなたが今抱えている問題で、個人や家族の力で解決できないものをあげて、政治の力でそれを解決するための戦略を考えなさい」という問題を事前に公開し、準備させた。すると、「年収103万円の壁」を挙げた学生が十人くらいいた。
 103万円の壁とは、パート主婦の収入が103万円を超えれば所得税を課税されるようになり、夫の扶養家族の地位を失うので、かえって不利益になるという話である。私は、この話は主婦のパートに関するものと思い込んでいたのだが、学生のアルバイトにも当てはまることを知って、愕然とした。格差や貧困という問題が若者の中に広がっていることは知っているつもりだったが、若者の苦労の度合いを再認識させられた。
 学生は、遊興費ではなく、生活費や学費を稼ぐために働いているのである。1年に百万円稼ごうと思えば、およそ千時間働くことを意味する。そうなると、勉強時間を十分に確保できないだろう。切ないというか、いたたまれない思いである。
 この数年、文科省は大学教育の中身を充実させろと強調してきた。教師として異論はない。それにしても、学生に勉学に専念できる環境を整えなければ、教育の充実は空念仏に終わる。給付型奨学金の拡大など、政策の展開が急務である。


東京新聞8月12日

2018.10.23 Tuesday 18:19

下駄を脱ごう

 東京医大の入試で女性差別が行われてきたというニュースには驚いた。3日には同大学前に抗議の人々が集まった。その中に「下駄を脱がせろ」というプラカードがあって、私自身も無知を突かれた思いがした。
女性が結婚、出産して仕事を続けることは大変だという一般的なイメージはある。女性が女性であるゆえにハンディキャップを負わされるということは、見方を変えれば、男性が男性であるゆえに下駄をはかせてもらっているのと同じである。下駄を脱がせろというスローガンは、男性優位の社会を変えようという分かりやすい宣言である。
 自民党の幹部は子供を作らない人は自分勝手だと言った。他方、女性は医者になっても出産で仕事を離れるからと医大は女性を入学させない。勝手なのは男の方だ。そうした男の勝手を支持する女性は、自民党の一部の女性議員のように男社会に入れるよう下駄をはかせてもらう。
 女性が個人として尊重され、子供を育てながら普通に仕事をする社会を作ることに冷淡な男性の多くが、教育に関しては愛国心を強調することは大いなる矛盾である。日本の人口はこれから坂を転げ落ちるように減少する。そのことは、当代の身勝手な男たちが後世に残す最大の罪である。下駄を脱がない男こそ国を滅ぼそうとしている。

東京新聞8月6日

2018.10.23 Tuesday 18:18

安倍一強の構造


 日本の議会政治の劣化を見せつけた通常国会が終わり、政治関係者の関心は9月の自民党総裁選挙に向かっている。後述するように、政治批判が広い共感を得ることが困難な時代ではあるが、そうは言っても安倍晋三政権の犯罪的所業と自民党の荒廃について、私はしつこく批判し続けたい。財務省の人事異動では、文書改竄に関わって処分された人々が何事もなかったかのごとくに事務次官や主計局長に昇進した。国民をなめた人事である。財務官僚は信頼回復や文書管理の改革を訴えたが、空しいばかりである。行政に対する信頼回復のためには、森友疑惑の真相究明が不可欠であり、そこを無視した改革案など自己満足にすぎない。
 自民党の杉田水脈衆院議員が雑誌で、LGBTの人々は子供を産まないという意味で生産性が低く、それゆえ政策的な支援は不必要と述べて批判を集めている。私は、杉田議員がこの種の差別発言をしても驚かない。問題は、彼女のこのような差別主義的思想を承知の上で比例単独候補に引き立て、国会議員にしたうえで、暴言があっても咎めない自民党にある。人間の生き方はいろいろあるべきだ。しかし、いろいろな生き方を否定し、特定の生き方を他人に押し付けるような人物には、民主政治における居場所を与えてはならない。今の自民党に蔓延しているのは、人間の尊厳を否定する差別主義も1つの考え方として許容する底知れぬシニシズムである。
 ここまで安倍政権批判を書きながら、自分自身壁にぶつかることを感じる。この種の議論をいくら繰り返しても、安倍政権はびくともしない。楽々と総裁選で勝利し、長期政権を続けるのだろう。各種の世論調査を見ても、個別の政策について問われれば反対や疑問を唱える市民は多いが、日本人の多数派は無関心も含めて安倍政権を受容している。あるいは、政権を批判する野党や私のような言論に共感しない。
私自身が悩んできたこの問題について、最近、目から鱗が落ちる様な論文を読んだ。政治思想史研究者、野口雅弘氏の「「コミュ力重視」の若者世代はこうして「野党ぎらい」になっていく」(『現代ビジネス』7月13日)である。最近の大学教育ではコミュニケーション能力が重視される。それは、他者との話し合いを軋轢なく円滑に進める能力であり、発言の内容よりも他者に同調しながら、対立を回避することを重視する。それを前提に、野口氏は次のように指摘する。
「もしコミュニケーションの理想がこうしたものになりつつあるとすれば、ここに「野党」的なものの存在の余地はほとんどまったくない。野党がその性質上行わざるをえない、いま流れているスムーズな「空気」を相対化したり、それに疑問を呈したり、あるいはそれをひっくり返したりする振舞いは、「コミュ力」のユートピアでは「コミュ障」とされてしまいかねない。このタイプの政党のプレイヤーは、ある特定課題に「こだわり」を持つ人たちや、ある法案に必死に抵抗しようとする勢力を排除する。」
「「コミュ力」が賞賛される世界では、野党が野党であることで評価してもらえる可能性はない。違いや軋轢を避けたり、笑いにしたりするのではなく、その対抗性をそれなりに真面目に引き受けること。相手の批判に腹を立てても、それなりにそれと向き合うこと。こうした可能性の乏しいコミュニケーションは同調過剰になり、表層的になり、深まらず、退屈で、そして疲れる。いまの政局の行詰まり感は、「コミュ力」のユートピアが政党政治の世界に投影された結果の成れの果てではないか。」
 野口氏の言う若者の対立忌避の政治態度は、他の世代にも存在するのだろう。空気を読むことは大人の社会の基本マナーである。大学でコミュニケーション能力が重視されるようになったのは、大学が思考を訓練する場ではなく、就職予備校になったゆえである。4年のうちの半分を就職関連の活動に費やすわけで、若者は早くから大人の常識に同調することを覚える。その意味で、表面的な同調に自己を縛り付ける態度は社会の反映である。
 安倍首相は、意図的かどうかはわからないが、野党や批判的言論人を「特定の課題にこだわる」浮いた存在に追いやることに成功している。首相は憲法改正にこだわっているのだが、権力者のこだわりは同調主義社会では問題視されない。首相が論理を無視して集団的自衛権行使容認や改憲を追求すれば、反対する側は先祖返りしたような護憲の運動方法を使わざるを得ない。それで一定数の支持は得られるが、広がりはない。野党の政治家にはもう一度政権交代を起こして世の中を変えたいという意欲を持っている者もいるのだが、反対が前面に出ると、白眼視される。
 野党がこの隘路を抜け出すには、来年の参院選で改憲勢力の3分の2を阻止して改憲論議に決着をつけたうえで、政権交代に向けたビジョンを示すしかない。現状で政権構想を語るなら、立憲民主党と国民民主党を中心とした連立政権を作るしかないのだが、それはあまりに遠いゴールである。参院選における協力についてさえ、議論は始まっていない。もとは民主党、民進党で仲間だった政治家も、別の党に分かれれば、それぞれの党の論理で行動する。立憲民主党からは、大都市複数区と比例で議席を増やせればよいという本音も聞こえてくる。
 参院選を有意義なものにするためには、野党が協力してすべての1人区で与野党対決の構図を作り、安倍政治に批判的な市民に対して選択肢を提示しなければならない。野党が安倍政権という大きな敵を見失って、矮小な勢力争いに没頭するなど、言語道断の所業である。とりわけ野党第一党の立憲民主党の責任は大きい。野党協力の先頭に立つべきである。

週刊東洋経済8月11日号

<<new | 2 / 164pages | old>>
 
RECOMMEND
CALENDAR
NEW ENTRY
ARCHIVES
CATEGORY
COMMENT
PROFILE
MOBILE
LINK
SEARCH
OTHER

(C) 2018 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.